創世記14章に突然登場するメルキゼデクは、聖書の中でも最も神秘的で重要な人物の一人です。
創世記14章での登場
登場の背景
アブラハムが四人の王たちと戦って、甥のロトを救出した後、凱旋する途中で、このメルキゼデクが現れます。
創世記14章18-20節
「さて、シャレムの王メルキゼデクは、パンとぶどう酒を持って来た。彼はいと高き神の祭司であった。彼はアブラムを祝福して言った。『祝福を受けよ、アブラム。いと高き神、天と地を造られた方から。あなたの敵をあなたの手に渡されたいと高き神に、誉れあれ。』アブラムは、すべての物の十分の一を彼に与えた。」
彼の特徴
1. 二つの肩書き
- シャレムの王(シャレムは後のエルサレムと考えられています)
- いと高き神の祭司
この組み合わせは驚くべきことです。王でありながら祭司でもあったんです。イスラエルの歴史では、王と祭司の職務は厳密に分けられていましたから、これは非常に特別なことなんです。
2. 名前の意味
「メルキゼデク」という名前は、ヘブル語で「義の王」という意味です。そして「シャレム」は「平和」という意味です。つまり、彼は「義の王」であり「平和の王」でもあったんです。
3. 彼の行動
- パンとぶどう酒を持ってきた(後の聖餐式を思わせます)
- アブラハムを祝福した
- アブラハムから十分の一を受け取った
なぜメルキゼデクは重要なのか
驚くべき立場
考えてみてください。アブラハムは信仰の父です。神様の選びを受けた人です。でも、そのアブラハムがメルキゼデクから祝福を受けたんです。
ヘブル人への手紙7章7節
「言うまでもなく、祝福を与えるのは上位の者、祝福を受けるのは下位の者です。」
はこう言っています。つまり、メルキゼデクはアブラハムよりも霊的に上位の存在として描かれているんです。これは驚くべきことです。
十分の一の意味
アブラハムは戦利品の十分の一をメルキゼデクに捧げました。これは彼がメルキゼデクを神の真の祭司として認めたということです。
そしてこれは重要です。なぜなら、後のレビ族の祭司制度よりも前に、メルキゼデクの祭司職があったということだからです。
詩篇110篇との関連
メルキゼデクは創世記だけでなく、詩篇110篇4節でも言及されています。
「主は誓い、思い直されることはない。『あなたはメルキゼデクの例に倣い、とこしえに祭司である。』」
これはメシア預言です。来るべきメシアは、レビ族の祭司ではなく、メルキゼデクのような祭司になるということです。
ヘブル人への手紙での解釈
新約聖書のヘブル人への手紙5-7章は、メルキゼデクについて詳しく論じています。
彼の特異性(ヘブル7章1-3節)
「このメルキゼデクは、シャレムの王で、いと高き神の祭司でした。彼は、王たちを討って帰るアブラハムを出迎えて祝福しました。また、アブラハムは彼に、すべての物の十分の一を分け与えました。まず、その名を訳すと『義の王』であり、次に『シャレムの王』、すなわち『平和の王』です。彼には父もなく、母もなく、系図もなく、生涯の初めもなく、いのちの終わりもありません。神の子に似た者として、いつまでも祭司としてとどまっているのです。」
これはどういう意味でしょうか。
「父も母もなく、系図もなく」というのは、文字通りの意味ではありません。聖書に彼の系図が記されていないという意味です。
当時のレビ族の祭司は、必ず系図が必要でした。父から子へと受け継がれる職務だったからです。でもメルキゼデクには記録された系図がありません。
「生涯の初めもなく、いのちの終わりもない」というのも、彼の誕生や死が聖書に記されていないという意味です。
つまり、メルキゼデクは突然現れて、また姿を消します。まるで永遠の存在のように描かれているんです。
キリストとの類型
ヘブル人への手紙の著者は、メルキゼデクをキリストの予型として見ています。
類似点:
- 王であり祭司である
- メルキゼデク:シャレムの王、いと高き神の祭司
- キリスト:王の王、大祭司
- 義と平和
- メルキゼデク:義の王、平和の王
- キリスト:私たちの義となり、平和をもたらす方
- 永遠の祭司職
- メルキゼデク:系図に縛られない、永続的な祭司として描かれる
- キリスト:永遠に変わることのない祭司職を持つ(ヘブル7:24)
- パンとぶどう酒
- メルキゼデク:パンとぶどう酒を持ってきた
- キリスト:最後の晩餐でパンとぶどう酒を用いて新しい契約を制定
レビ族の祭司職との比較
ヘブル人への手紙は、メルキゼデクの祭司職がレビ族の祭司職よりも優れていることを論証しています。
理由:
- アブラハムがメルキゼデクに十分の一を捧げたということは、レビ族(アブラハムの子孫)もメルキゼデクに十分の一を捧げたことになる
- メルキゼデクの祭司職は血統によらない
- レビ族の祭司は死によって途絶えるが、メルキゼデクの祭司職は永続的
- キリストはレビ族ではなくユダ族から出たが、メルキゼデクの例に倣う永遠の祭司
様々な解釈
伝統的な解釈
- 実在の王であり祭司
カナンの地に実際にいた、真の神を礼拝する王であり祭司。異邦人の中にも神を知る人がいたことの証拠。 - キリストの予型
神が将来のキリストを指し示すために用いた実在の人物。
神秘的な解釈
一部のユダヤ教やキリスト教の伝統では、メルキゼデクを以下のように見る人々もいました:
- 天使的存在
- キリストの受肉前の顕現(神顕現)
- シェム(ノアの息子)
ただし、これらの解釈は聖書本文からは明確ではありません。
現代の私たちへの意味
1. キリストの大祭司職の理解
メルキゼデクを理解することで、キリストの祭司職がどれほど優れたものかが分かります。キリストは:
- 律法によらず、神の誓いによって祭司となった
- 永遠に変わらない祭司職を持つ
- 完全な贖いを成し遂げた
2. 神の計画の広さ
アブラハムが選ばれる前から、神は真の礼拝者を持っておられました。神の働きは私たちが思うよりも広く、深いんです。
3. 真の礼拝
メルキゼデクは血統や人間的な資格ではなく、神との直接的な関係によって祭司でした。私たちも、キリストにあって神に直接近づくことができます。
4. 謙遜の模範
偉大なアブラハムでさえ、メルキゼデクから祝福を受け、十分の一を捧げました。私たちも、神が立てられた霊的指導者を尊重すべきです。
まとめ
メルキゼデクは聖書の中で短い登場ですが、その神学的重要性は計り知れません。彼は:
- 王であり祭司である唯一の存在として、キリストを指し示す
- アブラハムよりも前に、真の神の祭司として存在した
- レビ族の祭司職よりも優れた、永遠の祭司職の型
- パンとぶどう酒によって、新しい契約の聖餐を予表した
創世記14章でのこの短い出会いは、神の救いの計画全体を理解する鍵の一つなんです。そして最終的には、私たちの大祭司であるイエス・キリストへと導いてくれるんですね。



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